無間ごく


チュチェへゆけ

もどっと?
当初の予定通りではないが,ぼちぼちはじめますか.
講義も終わったし...まだ教材づくりはつづくがね
いやね,最近「人生の意味」って言葉を聞かされることがまた多くなって(年の瀬ですからねぇ),ストレスが溜まります.
皆さんの近所にもおられませんか,>そういう方.
ま,わからないでもないですけどね.自分の未来に不安を感じているのね.そうすると今まで積み上げてきた過去に意味がないようにおもっちゃうわけね.こんなところでしょう.

ヘルパー講座の皆さんにはお話ししましたが,意味ってなんでしょう.一番簡単な例は「信号の意味」とか「本の意味」とかですかね.前者は「交通の制御のため機械」,後者は「読むためのもの」,ってところでしょうか.「私の人生の意味ってなに?」なんて泣いている方,あなたの人生は信号機や『空手バカ一代』と同類ですか,といいたいわけです,わたしは.
これは別にわたしのオリジナルではないです.遠くはアリストテレス,近くはハイデッガーなんてのもそういうことをのたもうております.
そもそも「〜のため」って人為的(人工的)に作られたモノがモデルになっているんです.厳密にいうとそんな単純じゃないですが,↑に挙げたようなひとにはそれで十分です.
そんなに人に決めてもらいたければ,拉致でもしていただいて,かのチュチェ思想のお国へいかれるといいかもしれません.
あそこでは恐らく,かの同士様があなたの人生の意味とやらを決めてくれるでしょう.拉致がいやならアレフという手もあります

私の結論を言いましょう.
人生に意味などありません.そもそも人生という言葉も根を辿るととんでもないところにある幻想です.だってまだ終わっていないのに終わっていることを含意している言葉なんですからね.こどもでも分かります.意味はもっと有効なものに求めましょう.

そうそう,昔,電車に乗っていたら広告で「生きることに意味はない,生きていることに意味がある」なんてのがありました(ある歌手の追悼アルバムでしたかね).なんかこういうのもいただけないですね.若人を惑わすだけです(当時はわたしも若人でしたが).
きっとデリケートな問題なんでしょうね>ファンの心情を考えると.
でも,いっちゃえばよかったのに.
「死ぬことに意味はない.死んでいることに意味がある」