無間ごく

4月当初に引き続き,時系列逆バージョンでお送りしています・・・・
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勝手にフィナーレ

幕張の皆様.
と,こう呼びかけるのも,とりあえず今回で最後になりますね.(とはいっても時々,ここから話しかけさせてくださいよ)
もう,講義中に,「これは嫌がらせか!?」というぐらい,御礼を申し上げましたので,もうあまりいうことはないはずなのですが,改めて
心より御礼申し上げますです,はい.
本当に,良い方ばかりでしたね
(ひょっとすると,私のスタイルが合わなかった方もいらっしゃったでしょうに...そういう方も,どこかの学校のどこかの馬鹿のような
被害妄想に陥る(あ,昨日話した2ch話です)などということもなく,我慢して聞いてくださって...お詫びと感謝を申し上げます.)

告白しますと,最初はビビりました.
講堂で講義してください,といわれたとき(開始5分前に,長○先生に手を引かれながら).
月曜の朝1発目だということ.
そして何より,皆さんのその神妙な聴講態度
・・・これに社会人としての経験のない私が,立派に社会経験をされてからさらにステップアップを目指す方もいらっしゃるところへ...
視線が痛かった・・・

講義の準備(毎回重いプロジェクタを運んでくださった担当者の方々)をしてくださったり,
出欠を自主的にとってくださったり,
講義終了後も放心している(冗談抜きで,毎回3時間が終わると一瞬ヘタるのです)私を尻目に白板をきれいにしてくださったり,
マイクの準備をしていただいてしまったり,
外部からきている人間にとって,これが当たり前になっているというのは本当にすごいことですし,
ちっとも「やらされている」感がでていない...すごいことです.

心配性の私の問いかけに何回も腕で大きな○を描いてくれた最後列の方々...
エレベータでいつもかち合ってしまって,なぜか恐縮しまくる方...
すれ違いざまに自然にでてくる「お疲れさま」...
時々,突発的な,朝から元気な「おはよう」...(これ一度書きましたね)
ちょっと普段だと,面倒だなぁ,とか,恥ずかしいなぁ,とか思ってしまうことが,皆さんの学校にいくと全然不快じゃないのが不思議でした.

うまくいかないときにはうまくいかないなりに,うまくいっているときにはそれなりに,正直な反応があるのも嬉しかったです.
実験的なこともさせてもらって,講義している方がエネルギーをたくさん頂きました.

願わくば,私が話した四方山話が実習にいかれたとき(教えていただいたところ8週間とか.体調にはくれぐれも留意してくださいね),
無意識によい影響としてでてきてくれたら最高ですが...まさか...ね.
はい,そこまでは望みません...
それよりも無事に,そして実りの多い実習経験になってくださることを切に祈ります.
皆さんが学校で実践されていることを,実直に,素直にこなしていけば,ほとんどのことは伝わると私は思います.
だって,その証拠に,こういう(なぜか過剰に感謝しまくる)人間が一人できあがったわけですから.

講義中にもいいましたが,長○先生がおっしゃっていた
「こいつらと一緒に仕事がしたい,と思えるんですよ」
このことを,最初から最後まで思い知らされた2ヶ月間でした.
本当に,まじ,ありがとうございました.

最後になりましたが,レポート,ぼちぼち読ませてもらっています.
(東京医薬の学生さんのレポートにいま取りかかっているので,じっくり読むのはもう少し後になりますが)
ときどき,名前を加えさせてもらったよ...感のある方もいてそれはそれで微笑ましくて,..
また,びっくりするような力作も...
得てして,動機付けの点で,素晴らしいものが多いような気がします.
まだ,決めてはいませんが,同じ分野(心理検査系,福祉系,時事系等)にまとめて,学校に進呈できたらなぁ.と思っています.
どうでしょうかねぇ(あ,,これは掲示板の方で提案すべきかもしれませんね.もしお時間があって,ここを読んでくださっている方が
いて,ご意見があれば,「書き込み寺」の方へぜひご意見ください)...

IBMミュージアム

そんなこんなで幕張のみんなとお別れの日,もう一つ,嬉しいことがありました.
みなさんの学校の隣にそびえ立つIBM(本社)に勤めている院の後輩にばったり会うことができたのです.
現象学などというとてもチンプンカンプンな領域を地道に研究して,立派な論文も書いている後輩です.
(私は相も変わらず「専門は?」と聞かれると「哲学です」としか答えようとしない出来の悪い先輩です)

本人曰くその「不夜城」に案内してもらいました.
喫煙を一緒に満喫(?)した方にはお知らせしましたが,あそこの1Fと2Fの部分はちょっとした博物館になっていたのですね.
入場無料,いかにも座り心地のよさそうなソファーがあったような...あ,カフェもありました(商談に使われるそうです)

本郷で大量購入予定のノートパソコンの話をしたら「お安くしますよぉ♪」と,かなり営業バリバリはいっておりました.
いえ,まじでお願いします.ありがたいです...
また,X30を勧められましたが,つい1週間ほど前,ついs30をもう一台衝動買い(中古)してしまいまして...
こちらは...う〜む,どれぐらい安くしてくれるつもりだったのだろう...
あ,あまり興味がない方が多いとは思いますが,T40はかなり良い出来なんだそうです
(私に流れてくるMLではそうでもないのですが...ユーザは我が儘ですから...)

社内の図書館,,,フォン・ノイマンの貴重本とか,やっぱあるんでしょうねぇ.
今度はそんなところに潜り込めたらなぁ.

そんな意味でも幕張(の皆さんは当然ですが,の地にも)別れが辛くなってしまいました.

というわけで,私と幕張

なんですが,実は(いや,講義中に口走ったことがあるかもしれないです)16から縁のある地であります.
高校が幕張にあったんですよね.
当時は何もありませんでした...ほんとうに.ホテルが1つ2つ建っているだけで.
で,ほどなく,幕張の皆様の校舎にもなっているあのビルが建ったんですよね.
その建築現場を通って,まだ客もまばらだった京葉線で通学してみたり(1,2年の時は総武線を使っていました)してました.

まさか,こんな街になるなんて...驚きを隠す暇もなく2ヶ月が経っていました.
そう,学校の外に一歩でると視線を彷徨わせて歩いていました.

実は最後の授業後,ひさびさに高校に顔を出してみようか,とも思ったのですが,
それどころでない事情に追い込まれている自分に気づき,踵を返して自宅へ向かいました.

それ以外にも親父の店があったりした事情を入れれば都合24年間,なんらかの形でとぎれとぎれに縁があるんです.
次はどんな縁なのでしょうか?楽しみです.

で,のっびきならぬ事情(翻訳)ですが...

ようやく折り返しにまできました.(あと2日ですが,駄々をこねようと思っています)
私は,翻訳を教わった人間(登場回数2回)につぎのようにたたき込まれており,大変苦労します.
  1. 1ページに辞書を引くような単語が3つ以上あるときは覚悟してかかれ.
  2. 翻訳は紙に書くな.原文と会話をしながら,翻訳文が自然と口をついてでるまで読み込め
こんな無茶な教え方をされたため,ここ最近の私は
列車内でぶつくさ,歩道をあるいてはぶつくさ,仕事をしながら時々横を見てはぶつくさ
してます.
ただでさえ,独り言を指摘されるのに,これでは周りの人に気味悪がられて仕方がありません.
しかも今回は,以前ここでもお話した事情(ドイツの医療保健と生命倫理の関係の話)から
辞書にお世話になるのはもちろんのこと(かなり単語を忘れていました),
可能な限り集められる翻訳された政府刊行物などもあたっているため,
なかなか訳がフィックスしてくれません.

というわけで,訳文は未だに紙にたたきつけていないのですが,これは最後のお楽しみにとっておきます.
いやね,このやり方,結構気に入っているんです.
というわけで,次は最近の語学教育に話が飛びます(ホント,話が飛びまくっていますね)

というわけで,今更ですが...

と,その話に入る前に...
先週あたりに小学生だったか,中学生だったかの学力低下をいい大人たちがよってたかって叩いていましたね.
小学生は全部,公文式にして,中学生・高校生になったらZ会式にしたらいかがでしょうか.

というわけで,今更ですが...その弐

英語という教科があります.
私が生徒だった頃は,文法中心でしたが,自分が教える立場になったら,会話中心になっていました.
で,これは偏った見方にどうしても思われがちなんですが,後者がよけいに日本人を駄目国際人にしているんですね.
本当の国際人は現在,英語はもちろんですが,フランス語は必須だということをご存じですか?

だいたい英語の教師の何人が,英語以外のどの印欧語を知っているのでしょうか.
私は幸いにして知ってしまったのですが,英語というのは「雑種言語」なんですよ.どうしようもなく.
ここら辺の話を挿入すると,とんでもない長さなりそうなので,逃げますが,
英語=土着の英語(とてもきれいな言葉だと想像できます)+ロマンス語+ゲルマン語なんですね
一例を挙げましょうか.
例えば,3人称単数現在の-s,なんてどうでしょう.
これは,昔は英語でも1人称,2人称,3人称,すべてが単数・複数で変化(-sみたいなものをつける)していたんだ,ということを
知らないと(あるいは知らなくても想像できなければ)理解できません.
しかも教師なら,それがどこの言語族からの影響なのか
(実はこれも無茶苦茶色々な説があるんです.私には定説がなんなのか,今日現在知りません)
ある程度知っておくべきです.ただベースの部分は英語以外の言語(イタリア語だろが,フランス語だろうが,ラテン語だろうが)が
すべてこの性質を備えているので,なんとか教えることはできると思いますが.
・・・とまぁこんな感じになるわけです.
でも,
現代英語だけしかしらない人間にこれが説明できるとは思えません.
だから「3・単・現は暗記しなさい」になるわけです.でも,まだそれならぎりぎりのところで踏みとどまっていることになるんでしょう.
けれども,それを自然にできるようにする,というのが会話志向の教育なわけです.無理にきまっています.そんなこと.
(話は飛びますが,円周率の話なんかもそうでね.本当なら,ピタゴラスの定理の話をして,無理数の存在の発見の話をしてから,
円周の測定法の歴史なんかを話してあげて,,,最後は微分の導入部の話までもっていったうえで,3.141592653589793238...と
教えてやる.小学生には無理?そんなことありません.物語風にすれば,小学生にも十分理解できるし,かえって大人より
よく理解するかもしれません)

こうやって自分の立場にふんぞり返って「暗記」を強要する教師に
大学の教育学部ないし英米文学部はきちんと「屈折」の話,「格」の話はたたき込んでいるのでしょうか?
甚だ疑問です.
少なくとも私の周りの英語教師にそういう人は一人もいなかったですね.だから自力で気づくしかないわけです.
(幸い,まだ大学には第二外国語というのがちびちび残っています.でも,これも駆逐されてきていますね.
日本の崩壊が目に見えるようですよ)
昔,ギリシャ哲学の先生(とうとう取得できませんでした.ギリシャ語.脅されてびびってしまったもので)がいってましたねぇ
「大学の学部時代なんて,語学だけしていればいい」
私はその先生に賛成です.だいたい3,4カ国語をやれば,自分の感性にあった言語は必ずあると思うし,
早々に見つけられたラッキーな人は4年間,それだけができるわけですから.
そもそも語学というのは国語的センスと数学的センスが程良くブレンドされているんですよ.
文学から言語が切り離せないように,論理学から言語をとってしまったら何も残りません.
(で,論理学のZFがもし数学の基礎になっているなら,よくは知りませんが,
つまるところ,理系の学問もすべて言語から切り離せないことになるのではないでしょうか?)

赤ん坊でいったら離乳食みたいなもんなんです.
エッセンスしかはいっていないミルクみたいなもんなんです.
これはちなみに私のオリジナルではないです(ヴィーコという人の本の中でまとめられていますね)
ルネサンスという言葉は聞いたことがありますよね.ルネサンスって直訳すれば「再興」ということですが,これを歴史の先生は
「ギリシャ文化の復興」と一言で教えてしまう.間違いじゃないんですが,ある意味,それは
「語学による総合教育の確立」の要素がとても大きかったんです.だから学校ではひたすら語学をやる.ラテン語を使ってね.
いまでも,イギリスのイートン(ま,日本で言えば開成とか灘とかに学習院を足したような学校ですかね)はそうですね.

長々と話してきましたが,何が言いたいかというと
そもそも語学教育って「喋る」ためにやる教育じゃないんですよ.そもそも「喋るためじゃない」教育の,教育方法だけを
考えもせず「喋る」ための教育に転化しているわけですから,当然失敗するわけです.

いつかいったことがあるかもしれませんが,そんなに喋りたいなら,200万(今はもう少し下がっているかもしれません)用意して
1年間,日本人など微塵もいない,田舎の学校か何かに通わせればいいのです.
(自力でそうしている日本人はたくさんいますし,イタリア人の女の子でしたが,ご両親がそうさせていた例も知っています)
私の体験上(英語ではないけれど),3ヶ月で嘘でも何でもなくペラペラになれます.
(あっ,ちなみに私は3ヶ月でトンボ返りしてしまったため,忘れるのもはやかったです)
そのためにはただ,その国の言葉を好きにならなければ(音がきれいとか,文字が好きとか,理由はなんでもいいです)
いけませんが.
何となくいってみて「藤岡の野郎,金返せ」と言われてもこまりますので,いっておきます,はい.
それぐらい簡単なことなんです.学校でそんなこと教えたってしょうがねぇじゃねぇか,それこそ血税の無駄だ,と思うのです.


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