無間ごく

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ぱっち狂奏曲

なんか、すげぇことになってるな。
MSのパッチ。
こんなに早くパッチに当てるパッチが現実になるとは…
労働力の無駄だよな…
ちなみに本気でStarSuite導入を検討しているシステム班です。

話は全く違うが、4,000ルーメンのプロジェクタを 昨日はじめて拝んだ。
青(B)がかなりきついけど、すごいな流石に。4,000ルーメン
イタリアのしとにも見てもらって検討したので、間違いなく購入の方向。
って値段はしらねぇ(1,000,000とかいう数字がふつーに100円に思えてくる 自分が恐い。< って証券市場の友人はほんとにただの数字だと思うらしい。

で、何がいいたいかというと、こんな感じで人生を無駄にしているので、
とうとう短大の追試問題のことをすっかり忘れ、
学科長先生からも電話を頂く羽目に。
慌てて途中中断していた TeX のコンパイルエラーの原因を追求。
… って、また文字コードの問題でした。
… 一度 FATに放り込んだだけなのに… いじわる…

で、やはり何がいいたいのか、というと、
頭の中で「どうやって効率的に複数のjpgを整理して、ディレクトリ掘って 放り投げるか」を考えている内に頭の隅っこの方を流れてきたものを ただ羅列してみただけでした。
こんなもんGUIでやれば一瞬なのですが、折角CUIでやらなければならないので、 へたれ窓ユーザとか林檎ユーザに負けないための方法を考えているのです。
… いや、本当のところをいうと、今日は祭の打ち上げなので、あまり 早く研究室にいきたくねぇなぁ、でもぼちぼち出ないとやばいかなぁ などとダメ統括者ぶりを発揮しているところなのであります。

自己弁明は自己矛盾

パラドクスというのが、ある。
結局、自分について語ろうとすると必ず矛盾に陥る(ま、正確にいうと クラスの問題が絡んでくるので、間違っていないが慎重にしないと 足もとすくわれるわけだが)、というやつなのだが、
残念ながら、心理学という学問ははじめからそのパラドクスを抱えている んだ、ということを世の心理学者さんたちは自覚しているのか、 ひじょーに疑問である。

第一、人間の論理的な思考についてあまり考えたこともないのに、 突然、「悲しい」とか「うっとおしい」とかについていくら方便垂れたって 何か学問的な快楽が得られるというのか、不思議だ。
だいたい感情の前に知覚というのがあって、その知覚を説明するのに 言葉という道具があって、その道具について様々な見方がある、 ということも分からずに4年(場合によっては6年)が過ぎていく というのは不毛の極地だと個人的には思うし、 それに気付くのに17、だとか18だとかいう年齢が若いとは思いません。 俺は気付いたしね、最初の心理学の講義で。
「あー、こりゃだめだ。まったく言葉の話を無視してる。しかも、何? 私は数学が苦手だけど、教授なんだから、お前らにもできるって… そりゃ、あんた、幾つよ? よく恥しげもなくそんなこといえんなー」 と思ったものです。 ちなみに私はいまでも数学が苦手なのかもしれませんが、 少なくともそれを克服する、というかそれが研究対象であるわけで。 高校で(昔は大学ではじめてやったんだそうです)微積分とか三角関数とか が分からなくても(というより全く反抗してたからなぁ)、高校で教わる のとは違う学び方をしても、十分学者としてその手の研究分野に 貢献できることをなんとか証明しようとは思っています。

そういった意味で(自己矛盾を抱えている)心理学という学問は 面白いと思うのですが、最近はなんですか? 心理学?というより カウンセラー でしたっけ。あれ。
大学は資格をとるためにある、とほざいた馬鹿講師(某心理技術科のある学校の) がいましたが、こういうやつはほんと、自衛隊につれて行ってもらって いま流行りの心のケアとかしている最中に、そのまま銃殺されても いいんじゃないか、と一瞬思ってしまう訳です。 こういう奴らに母校が侵食されていく様をみると、あー、なんとかならんかのぉ とか共産党員みたいなことをついいってしまいたくなります。
おかげで真っ当な研究者が大変なことになるわけです。
ま、ここ以外では黙っておくのが賢明ですね。

西さんの話

えー、スキー合宿(大学の体育の授業。えぇ、抽選で当たったため)の 時に同室だったんだ、というよりも学部2年の時のゼミのメンバの一員だった という方がはるかに印象が強く、またその面々が 結構な確率(恐らく4割)で大学に残って助手やら専任やらになって いて、それが結構思い返してみると嬉しいぞ、の昨今。
いや、若いだけにユートピアについて、哲学・史学・地理学・法学と 完全に学部の垣根を踏み潰して(というより2年だから学部もへったくれも ないわけだが。そーいえば、こんなことからも教養部を廃止してしまう ことの弊害には気付かないのかね。馬鹿大学経営者たちは。 気違いを一年からカウンセラー教育して、罪悪感はないのかね。 それよりも、自分は本当はカウンセラーを受ける側の人間だったんだ、 ということをいやというほど自覚してもらって、 でも、それを自覚してピア・カウンセリングすると、結構俺(私)も 世の役にはたつかもしれない。…こんな形には教育できないものでしょうか。 そのためにもこういったまっとうな人達と1、2年で接触するのは 意味のあることじゃないかなぁ、と個人的には思います) ざっくばらんに発表をしあった想い出は、結構なつかしいものであり、 そういう野心に溢れた学生に最近会わないのは、俺自身がそういう野心を なくしたからか…。 もちろん、あのままいったらみんなただの気違いだな…
ということはやはり年齢によってやるべきこと・やっておいてよいこと というのは確かにあるわな。などと自戎してみたりなんぞして。
こちらはまだふらふらしているのですが、そんな助手さんにいつのまにやら なられていた西さんから、私の話がでたらしく、 相変わらずフラフラになりながらの帰宅中にわざわざ IT(立正)さんから 連絡がありました。ってか、それはそんなに大事な話ではないよーな気がする んですが。> ITさん。
時々重要度によってその声質をかえてもらえると、まじ助かります。 が、そんなことはあんたの知ったこっちゃない…ですね。

それにしてもITさんから伺った話では、かなり私を買いかぶっておられる 様子。 そういった誤解は本気でまずいと思うので、今度、機会があったら 解いておかなければなりません。

これは謙遜ではなく、こんなに立派になりました、ってよりも、結構変わっていません と言う方が歳を重ねれば重ねるほど、カッコよいのではないか、と 思うからであります。


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